林海峯九段

林海峯(1942年~ )日本棋院東京本院 九段

実利派。若い頃には粘りのある棋風で「二枚腰」と呼ばれたが、壮年以後は戦闘的な棋風となった。 同世代のライバルである大竹英雄とともに「竹林」とも称される。

1973年には石田芳夫挑戦者との名人戦で、七番勝負初の3連敗後の4連勝を記録。 1983年の本因坊戦でも趙治勲本因坊を相手に再度の3連敗4連勝で12年振りの本因坊復位を果たし、驚異の粘り腰を発揮した。

通算成績は2010年に趙治勲に破られるまで通算最多勝記録保持者だった。

2015年8月6日、通算1400達成(889敗1持碁2無勝負)。

二十五世本因坊治勲に次ぐ史上2人目の記録[6]。 名人リーグに35年連続を含む39期在籍の実績があり、これは囲碁界において今後も破られそうにない記録のひとつとされる。

門下に、台湾から招いて内弟子にした張栩九段、林子淵七段、林漢傑七段、富紅梅初段ら。 2005年 紫綬褒章を受章。

2017年11月3日、日本の囲碁界発展、日本における台湾出身棋士の草分け的な存在で日本・台湾間の友好 親善に寄与したことから、旭日中綬章を受章[2]。師匠・呉清源と同じ勲章を受章した1]

1987年の名人戦で加藤正夫名人との七番勝負第3局で、2手打ちの反則負けを記録している。これは対局2日目に持ち時間残り1分となって秒読みの中、夕食休憩前に白番林が着手していたにもかかわらず、休憩直後にもまた着手してしまったことによる。

二枚腰 着手違反も 二枚腰

妙竹林 互いに相手を リスペクト

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