
大竹英雄(1942年~ )日本棋院東京本院 九段
模様派。本格的な棋風で石の形、筋にこだわった手厚い打ちまわしは「大竹美学」と呼ばれ、称えられることが多い。
布石では小目を好む。またNHK杯優勝5回など早碁を得意とし「早碁の神様」、名人戦では挑戦手合通算12回出場などで「名人戦男」などのニックネームを持つ。
同年同月生まれでライバルでもある林海峰と並んで”竹林“とも称される。
(1961年3月から4月にかけて、朝日新聞社の企画で林海峰六段と大竹四段で新鋭三番碁を打つ。これが宿命のライバルとなる林との初対局だった[3]。)
木谷門下(内弟子二号)の塾頭格として、後輩の指導などでも評価が高い。1962年に「木谷一門百段突破記念祝賀会」を企画し3,000人を集めた[4]。2000年には「木谷一門五百段突破記念の会」を開催。
