大竹英雄九段

大竹英雄(1942年~ )日本棋院東京本院 九段

模様派。本格的な棋風で石の形、筋にこだわった手厚い打ちまわしは「大竹美学」と呼ばれ、称えられることが多い。

布石では小目を好む。またNHK杯優勝5回など早碁を得意とし「早碁の神様」、名人戦では挑戦手合通算12回出場などで「名人戦男」などのニックネームを持つ。

同年同月生まれでライバルでもある林海峰と並んで”竹林“とも称される。
(1961年3月から4月にかけて、朝日新聞社の企画で林海峰六段と大竹四段で新鋭三番碁を打つ。これが宿命のライバルとなる林との初対局だった[3]。)

木谷門下(内弟子二号)の塾頭格として、後輩の指導などでも評価が高い。1962年に「木谷一門百段突破記念祝賀会」を企画し3,000人を集めた[4]。2000年には「木谷一門五百段突破記念の会」を開催。

2008年12月9日 – 2012年6月26日は日本棋院理事長、同日から2020年6月22日は日本棋院顧問。2010年から全日本囲碁連合の会長も務めた。日本棋院の新旧タイトル保持者で作る名棋会の会長でもある。

2021年12月15日付で引退。引退の理由については「頭に浮かんでくる図が、自分が思っているものよりも貧相になってきた」と語り、林海峰についても「彼がいなかったら、今の私はない」と思いを語った[9]

紫綬褒章受賞  2005年

大竹流 美学に倣い 手入れする

妙竹林 互いに相手を リスペクト

木谷門 塾頭として 旗を振り