坂田栄男九段

坂田栄男1920年2010年)日本棋院東京本院 九段

実利派。切れ味の鋭いシノギを特徴として「カミソリ坂田」、「シノギの坂田」の異名を持ち、数々の妙手、鬼手と呼ばれる手を残している。また、最近AIで流行の布石での三々を多用するなど地に辛い棋風であった。一方、棋風の柔軟性から「なまくら坂田」というあだ名もあった。

本因坊戦で7連覇(1961年~1967年)他、選手権制初の名人・本因坊、7大タイトル制覇、タイトル獲得64回など数々の記録を持つ。

1963年10月から64年7月まで一般棋戦で歴代一位の29連勝、および年間最高勝率 .9375(30勝2敗、1964年)を達成しており、これらは2024年時点でも破られていない。

NHK杯戦では1982年まで11回優勝(最多記録)により、名誉NHK杯選手権者の称号を得る[8]

1983年NEC杯戦に優勝してタイトル獲得数を64とした(2002年趙治勲に破られるまで歴代最多)。

林海峰は坂田について、大きなタイトルに的を絞る藤沢秀行と比較し、「あらゆる棋戦に全力投球、『ぜんぶ勝つ』というすごみがありました」と語っている。また「感想戦も絶対に譲らない。対局で負かされた相手は、同じ日に2度負かされる」「対局中の『参った』『弱った』というぼやきだけは信用なりませんでしたね」と、坂田の闘志満々の対局姿勢を回顧している[15]他、坂田自身、趙治勲について「どんなタイトルでもみんな取りに行くというバカな点も自分と同じ」とも言っている[16]

(元絵「冨嶽三十六景 凱風快晴」)

呉清源と並び称される昭和最強棋士の一人。

通算1000勝達成(囲碁界史上初)
1980年 紫綬褒章受章
1992年 文化功労者(囲碁界初の選出)

剃刀に 六十四の 刃毀(はこぼ)れや

郁子(むべ)なるや 紫綬褒章よ 寿ぎ給へ

坂田流 カミソリの刃も 使いよう

「ちょっと可笑しなほぼ三十六景 髭剃り富士」