張 栩 九段

張栩(1980年~ )日本棋院東京本院 九段

実利派。部分の読みの速さ、正確さに支えられた戦闘力にも定評がある。早い時点から正確に形勢を見切る能力に長けているといわれる。ヨセの正確さ、コウ絡みの駆け引きの上手さでも有名、コウの名手。

史上初の五冠王、史上2人目のグランドスラム達成、通算七大タイトル獲得数歴代5位、三大タイトル獲得数歴代5位タイ、日本の囲碁棋士の獲得タイトル数ランキングで歴代7位、棋道賞最優秀棋士賞7回(歴代2位タイ)、王座位獲得数歴代2位など多数の記録を保持。4年連続通算7回の賞金ランキング1位(2003-05・07-10年)。

羽根直樹山下敬吾高尾紳路らとともに台頭したため当初は「若手四天王」と称された。現在は「平成四天王」として知られる。

幼児期母国台湾で囲碁を覚えて1年後には台湾のアマ初段(日本でのアマ三、四段ほど)になり周囲から天才少年と騒がれた。10歳半で来日し、林海峰の内弟子となる。

日本の院生のレベルの高さ、これまでの勉強方法や林海峰の指導方針の違い、さらに日本語が分からない中での緊張感のある生活でどんどん追い込まれていった。

そして1994年(14歳)の時、これを最後にと臨んだプロ棋士採用試験でなんとか合格、入段することができた。これを機に、1995年から毎年のように昇段を重ねていった。

『第63回NHK杯の決勝戦』が 4年間のスランプからの転記となった一局。

  • 2002年(22歳):新人王戦優勝。優秀棋士賞・最多勝利賞・勝率第一位賞・最多対局賞受賞。
  • 2003年(23歳):九段。本因坊・王座獲得。最優秀棋士賞・最多勝利賞・最多対局賞受賞。
  • 2004年(24歳):名人・本因坊・王座獲得。
  • 史上5人目の「名人本因坊」となる。「名人本因坊」の最年少記録を更新(当時)。
  • 最優秀棋士賞受賞。
  • 2005年(25歳):名人・王座獲得。LG杯世界棋王戦優勝。テレビ囲碁アジア選手権戦優勝。最優秀棋士賞・最多対局賞・国際賞受賞。
  • 2006年(26歳):碁聖獲得。優秀棋士賞・最多勝利賞・連勝賞受賞。
  • 2007年(27歳):名人・碁聖。最優秀棋士賞・最多勝利賞・連勝賞・最多対局賞受賞
  • 2008年(28歳):名人・碁聖・王座・天元。最優秀棋士賞・最多勝利賞受賞。
  • 2009年(29歳):十段獲得により史上初の五冠達成(名人・十段・天元・碁聖・王座)。最優秀棋士賞・連勝賞受賞。
  • 2010年(30歳):棋聖位獲得によりグランドスラム達成。最優秀棋士賞受賞。
  • 2020年(40歳):通算1000勝達成。勝率.689での達成となり史上2位(関西棋院含む)、日本棋院では史上1位。
    など、数々の史上初の記録を作った。

張栩九段から見て義祖父が木谷実九段、義父がタイトル獲得60期の小林光一名誉三冠で、義母は小林禮子七段。妻小林泉美七段と2人の子供さんが長女の心澄(コスミ)二段と次女の心治(コハル)初段。4世代が日本棋院所属棋士。親子4代続く棋士の誕生は、日本棋院の所属では初めて。

詰碁作りを趣味としており、扇子の揮毫にもお気に入りの自作の詰碁を用いている。

左図 記号扇子 日本棋院 揮毫太骨扇子 囲碁棋士 張栩
『惜福(ついふく)』 黒木碁盤店

※「惜福」とは、「幸福三説(惜福、分福、植復)」の一つ。

自らに与えられた福を、取り尽くし、使い尽くしてしまわずに、天に預けておく、ということ。

惜福」の読み方として、「せきふく」、「しゃくふく」、「ついふく」の3通りあるようですが、「せきふく」と読んでいるのが一番多いようです。

代々の 碁道受け継ぐ 使命負い

よんろのご 張栩創案 囲碁パズル

遁世の のちに再び 蘇り