秋の句

仲秋の名月の下、集く虫の音を聴きながら碁を打つ風情。

碁盤あり琴の音ありて門の竹 kiku

とでも詠めば、これはお正月幕の内。さすれば

琴棋書畫松の内なる遊びかな 虚子

は本句取である。

本句と、後年に詠んだ「碁の音の林に」の句と異なるところは対局場所である。本句は自宅で友人との対局風景であり、後年の句は旅の宿であろう。

この頃は体力があり囲碁の面白さに目覚め、句にも囲碁にも勢いがある。因みに93年~98年の6年間で囲碁俳句31句中27句(ほぼ9割)を連作している。

kiku作: 子規とお袖狸の寓話

餅あげて狸を祀る枯榎        紙の幟に春雨ぞ降る

小のぼりや 狸を祀る 枯榎

霽月(せいげつ)や 蝙蝠つかむ 豆狸

朧夜(おぼろよ)や狸群れたる古社

夕立や穴に逃込む豆狸

イラスト: あらいりょう作画
タヌキの砧(きぬた) – あかしりょうのページ (akashi-ryo.com)

猿松(さるまつ)の 狸を繋ぐ 芭蕉かな

稲刈りて地藏に化ける狸かな

戸を叩く 音は狸か 薬喰(くすりぐい)

客僧の 狸寝入や くすり喰      與謝蕪村

子規が不治の病を患い絶命した後は、お袖狸は姿を消してしまいました。

参考1: 狸 の俳句 : 575筆まか勢 (exblog.jp)
参考2: 日本語と日本文化  正岡子規を読む
参考3: 伊予たぬき学会

真之は、前年の1897年(明治30年)6月26日米国駐在武官に異動、とありました。
残念ながらこの客人は秋山ではなさそうです。

劫に負けてせめあひになる夜長哉

季語:夜長 1898年/明治31年

劫は負けじ攻め合いになる夜長かな kiku

劫に負けては勝負に負ける公算大である。ここは、勝負を長引かせるためにも、劫に勝つべくコウザイを探したり、フリカワリを狙うなど頑張らないといけない正念場。

劫に負け攻め合いらぬ短夜や kiku

碁に負けても 劫に負けるな

<相撲に勝って勝負に負ける>

苦しい時の劫頼み

<苦しい時の神頼み>

最初に目を付けるところは結句の位置です。初句の前に結句を移動させると、若干句のニュアンスが異なって来ますが、今は一時目をつぶりましょう。

『隅での攻防、手番は自分。何か石を取ってしまう手はないものか?

しばらく長考に沈む...や否やパッと妙手がひらめいた!

その閃きは、将に焼き栗が爆けるが如し。

外からハネて地を狭め、中手を打って欠け目にして仕留める!』

先手のハネ殺し。決まれば痛快この上なし!

子規さん、すごい!会心の譜(句)です!

先手哉 燒き栗のはね かけて行く kiku

燒き栗のはね かけて行く 手筋哉 kiku

囲碁ファンなら『先手』を『手筋』と詠んで満足してしまいますが、これでは在り来たりの説明調になってしまい、感動がありません。

手割り(手割論)とは

定石の変化、あるいは実戦で生じた部分的な形を、石の働きや効果を分析して優劣を判定すること。 その方法は、類似形の定石を基に比較したり、いくつかの石をプラスまたはマイナスして原型と比較したりする。

季語:月夜 1898年/明治31年